クリスマスは消えた。赤プリの解体とともに
クリスマスを意識しなければならなくなったのは、いつ頃からだろう。
山下達郎の『クリスマス・イヴ』を有名にしたJR東海の「クリスマス・エクスプレス」のCMが始まったのは1988年。前年には『私をスキーに連れてって』が公開され、松任谷由実の『恋人はサンタクロース』が有名になった。
バブル景気も伴って、この頃からクリスマスは男女の恋愛イベントに変わっていく。その“聖地”が赤坂プリンスホテル(赤プリ)だった。12月24日の晩には、運良く予約が取れた男女がこのホテルに集結していた。
1990 年代、それでも独り者にとってクリスマスはそれほど苦ではなかった。世間がクリスマスに浮かれていたとしても、マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマ ス』が有線から聴こえてきたとしても、無関心を決め込むことはできた。仕事を終え、家に帰れば、そこは世間のノイズが入らないシェルターだった。
意識しなければならなくなったのは、ブログやSNSが普及してきた頃からだろう。知り合いがクリスマスにどんな行動をしているかがプッシュ型の情報として勝手に入ってくる。一方で、自分の行動が友人にどう伝わっているかを嫌でも意識しなければならなくなった。
頻 繁にSNSを更新している人が24日なって突然更新が止まれば、SNSの友人は様々な憶測を巡らせる。“クリ充”だから更新する隙がないのか、“非クリ 充”だからだんまりを決め込んでいるのか。情報を発信してもしなくても、クリスマス・イヴに自分が何をしているかを勝手に推測されてしまう。厄介なこと だ。いっそ、「赤プリのスイートなう」あるいは「七面鳥なう」とツイートできれば、それ以上何もツイートしなくても済むのに。
今朝、かつ て赤プリがあった場所を通った。数年前ならば、今朝はホテルをチェックアウトする男女の姿がこの界隈で大勢見られたに違いない。だが、そんな“クリスマス の聖地”は、日本が誇る大成建設の画期的な解体方法「テコレップシステム」によって、今夏に跡形もなくこの世から姿を消した。
消えたのだ。聖地が消えた今こそ、クリスマスの日に対する意識をもう一度改めるチャンスではないだろうか。ハロウィンの日を特別意識して過ごす必要がないのと同様、クリスマスも本来意識する必要などないのだ。
test Filed under 日記 | Comment (0)


