雪の日に思い出す吉野弘

1月 20th, 2014

中学生の頃、国語の教科書に吉野弘の詩が載っていた。そして国語の先生が、吉野弘が地元の酒田市出身であるということを教えてくれた。

確か、掲載されていた詩は「夕焼け」だったと思う。だがそのときには、私は詩人・吉野弘にそれほど興味を持たなかった。

私が吉野弘に興味を持ったのは、私の大好きなミュージシャン、浜田省吾のエピソードを知ってからだ。1981年に発表された『悲しみは雪のように』という曲が1992年にドラマの主題歌となり、浜省を代表するヒット曲となった。その『悲しみは雪のように』が、吉野弘の「雪の日に」という詩にインスパイアされたことを後年知り、中学校で習ったことを思い出したのだ。地元の偉人の魅力を、私は自分の好きなアーティストを経由して知ったのである。

「夕焼け」には、次のような一文がある。

—–
やさしい心の持主は

いつでもどこでも

われにもあらず受難者となる。

何故って

やさしい心の持主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。
—–

優しさは時に裏切られ、裏切られまいと自身の優しさを封印すると、今度は自分の本来の優しさに責められることになる。そんな現代人の抱える葛藤を、吉野弘は早くから表現していた。同じような感情は「雪の日に」でも表現している。

—–
誠実が誠実を

どうしたら欺かないでいることが出来るか

それがもはや

誠実の手には負えなくなってしまったかのように

雪は今日も降っている。
—–

ここ数日の冷え込みで、東京でも雪が降るような報道があったが、現在のところ、東京で雪が降り積もる様子はない。だが、雪が降り積もった日、私は吉野弘の「雪の日に」を思い出すだろう。



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