ゴジラと特撮
ゴジラの新作映画の公開が年末の風物詩だった時代があった。私が大学生だった90年代前半のことだ。
公開前からワクワクし、封切り日に映画館に行く。本編を堪能し、エンディングロールの後の次回作の「特報!」に胸を踊らせ、映画館を後にする。東宝にしてみれば、ゴジラファンはいいカモだったかもしれない。
この頃のゴジラは平成シリーズ、あるいはvsシリーズと呼ばれる。人間が登場するドラマパートは、今も活躍する味のある俳優が出ていたにもかかわらず、学芸会のような陳腐さだったり、人気の洋画の安いパロディだったりした。だが、怪獣映画にとってドラマパートはオマケのようなもの。ゴジラ映画の醍醐味は、何と言っても怪獣が大暴れする特撮パートだ。
その特撮パートを担当していた特技監督の川北紘一氏が亡くなった。平成シリーズのゴジラは身長100m。100m級の怪獣たちがバトルを繰り広げるシーンは迫力があった。また、アニメ的な構図も取り入れ、光線が飛び交う派手さもあった。迫力あるゴジラのバトルシーンは、人間ドラマパートの陳腐さを吹き飛ばす勢いだった。
この頃の映画は徐々にCGを使ったVFXが取り入れられてきた時期だが、ゴジラはあくまで特撮にこだわった。着ぐるみが、精巧に街を再現したセットの中で暴れる。それがゴジラの様式美だった。
だが、1995年に『ガメラ 大怪獣空中決戦』が公開されると、特撮ファンの多くはCGを使ってリアリティを表現したガメラを賞賛し、着ぐるみがセットの中で暴れる従来のゴジラシリーズは時代遅れだと感じるようになる。ゴジラは1999年にミレニアムシリーズが始まるが、特技監督に川北紘一氏の名前はなかった。
今年公開されたハリウッド版の『GODZILLA ゴジラ』を観て、何か違うと思ったのは、全編CGで描かれたゴジラに、平成シリーズに見られた様式美を感じられなかったからかもしれない。
ゴジラ映画は伝統芸能の能のようなものだと思う。伊福部昭の重厚なテーマに合わせ、重量感のあるゴジラがのっしのっしと歩き、咆哮をあげる。そんなお約束のゴジラの所作を見て、ファンは喜ぶ。川北氏のゴジラは、まさに様式美にこだわったゴジラだった。
再来年、日本でもゴジラが復活するという。最新鋭のCGを駆使したゴジラなら、ハリウッドに任せればいい。川北氏の功績を受け継いだ、特撮としてのゴジラが観たい。
test Filed under 日記 | Comment (0)