長州藩はテロリスト

6月 15th, 2017

「テロ等準備罪」法が可決・成立した。この法案に照らし合わせれば、幕末の長州藩はテロリストということになる。

元治元年6月5日(1864年7月8日)に京都三条木屋町で起きた「池田屋事件」は、まさに長州藩のテロ行為を新選組が未然に食い止めた事件だった。

八月十八日の政変で失脚した長州藩は、再起を果たすために肥後脱藩の宮部鼎蔵らとともに京都三条の旅館、池田屋で動乱を目論んでいた。その内容は、「祇園祭の前の風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去る」という内容のものであった。

まさに、組織ぐるみで放火、殺害、拉致を目論んでいたのだ。これこそまさにテロである。そしてこの長州の卑劣なテロ行為は新選組の活躍で未然に防がれた。

長州の行為をテロ行為とみなす新法が、長州藩ゆかりの先祖を持つ首相の政権によって成立したことは、長州出身の首相が自らのルーツをテロリストと認めたに等しい。これは愉快極まりない。



Trackback URI | Comments RSS

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.