ダイバーシティとは“キャラ作り”を受け入れることだ
性別や人種、宗教、障害、性的指向などの差を問わず、さまざまな人材を活用する「ダイバーシティ」が社会や企業などで推進されている。安倍首相が唱える「女性の活用」もその一環といえるだろう。
理化学研究所の小保方晴子氏が、万能細胞「STAP(スタップ)細胞」を世界で初めて作ったことが話題になっているが、報道の中心は彼女の研究成果よりもむしろ彼女の独特のキャラクター性だった。
「お風呂のときもデートでも四六時中、研究のことを考えていた」という彼女のコメントや、白衣ではなく、祖母から譲り受けた「かっぽう着」を着て実験を行うこと、ムーミンが好きだったり、実験室にスッポンを飼っていることなど。これらの特徴は実験の成果とはまったく関係がないのだが、報道する側は、実験の成果の大きさよりも、彼女の親しみやすさ、女性らしさを強調して報道しているような感じがする。
客観的に見ると、こういった特徴から見えてくる彼女は、かなりの変わり者であると思う。普通の研究者はかっぽう着を着たり、実験室でスッポンを飼ったりしない。裏を返せば、歴代の日本のノーベル賞受賞者がそうであったように、変わり者だからこそ、他人とは違う道を行き、こういった成果に辿り着いたのだろう。そして、彼女の上記の特徴は、彼女なりの“キャラ作り”の一環であるのだと思う。
日本の社会や企業は“個性”を求めない。協調性重視のもとに、個人はその“個性”を抑えざるを得ないが、それでも差し障りの無い範囲で“個性”を出そうとする。それが“キャラ作り”だ。
それは服装や髪型に表れることもあるし、スポーツチームやアイドル、作品などのファンであることを強調するアイテムを身の回りに置いてみたり、独特の口調で喋ったり、ジェスチャーをすることも“キャラ作り”といえよう。
ダイバーシティとは、結局のところ、こういった個々の“キャラ作り”を否定せずに受け入れる、あるいは受け流すことなのだと思う。前述の小保方晴子氏も、白衣の着用を義務付けられ、ムーミングッズもスッポンもいない研究室で実験を行っていたら、今回のような成果が出せなかったかもしれない。個々の“キャラ作り”を受け入れることでビジネスが円滑に進むなら、“キャラ作り”大いに結構なのだ。
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