新春浅草歌舞伎
1月3日は、新春浅草歌舞伎の第2部を見物してきた。
銀座線浅草駅を降りると、浅草寺の参拝客でごった返しており、人混みを縫うように浅草公会堂へ向かう。雷門の前では、かの“DJポリス”の姿も見られた。
公会堂へ到着したが、第1部が押しており、入場が始まったのは開場10分前。もしかすると、有楽町駅前火災に伴う交通の乱れで、第1部が遅れていたのかもしれない。第2部も5分遅れぐらいで始まった。
最初の演目は、猿之助による『博奕十王(ばくちじゅうおう)』。死後の世界の入り口である「六道の辻」に来た博奕打が、閻魔大王とサイコロの博打をする舞踊劇である。死後の世界なので、囃子方や後見、ツケ打ちの人までみんな三角頭巾をつけているのが面白い。
博奕打を詮議するうちに博打に興味を持った閻魔大王は、博奕打に進められるままにサイコロを始める。どんどん博打にのめり込み、笏や冠、衣服などを賭けるが、すべて取られてしまう。後から参加する手下の鬼たちも同じように金棒やら衣服を取られ、賭けるものが無くなるや、博奕打は極楽への手形を要求する。閻魔大王との博打に勝ち、極楽への手形を手に入れた博奕打は、戦利品を背負い、鬼の金棒を持って極楽へ向かうべく、花道を揚々と後にする。
ここで博奕打のシルエットを見て「あっ」と気付かされる。『勧進帳』の弁慶そのものなのだ。そして、それまでの物語が実は『勧進帳』のパロディだったことを理解する。関所を通ろうとする者と、それを阻む者のやりとりなのだ。
『博奕十王』はコミカルで分かりやすく、子供でも楽しめる演目だ。この演目は、昭和45(1970)年に初代猿翁が作ったものだが、楽しい演目でありながら、実は歌舞伎の代表的演目である『勧進帳』をベースにしているという、猿翁の遊び心が感じられる演目だった。弁慶に模した最後の博奕打のシルエットは、ネタばらしのためにわざとやっているのだろう。
もちろん、演じる猿之助も素晴らしかった。花道にほど近い席を取ることができたので、猿之助の足さばきをじっくり観察していたが、重心が安定していて、なおかつリズミカルに動く。猿之助の芝居は毎回楽しませてくれる。
2番めの演目は、「恋飛脚大和往来」から『新口村(にのくちむら)』だ。亀屋忠兵衛を愛之助、傾城梅川を壱太郎、忠兵衛の父親、孫右衛門を橘三郎が務める。近松門左衛門による上方の世話物だ。江戸の興行の中心、浅草で上方歌舞伎の代表作を観るのもまた面白い。演じる二人も上方の役者だ。
これから心中しようとする二人が、最後に父親に会う場面で、愛之助も壱太郎も哀愁たっぷりに演じる。何より美男美女で、全盛期の「孝玉コンビ」こと現仁左衛門と玉三郎に勝るとも劣らないコンビだと思った。
物語上、愛之助は家に身を隠している時間が多く、実質壱太郎の梅川と橘三郎の孫右衛門とのやりとりが中心である。壱太郎の梅川は“可憐”という言葉がよく似合う。義父である孫右衛門に自分の正体は明かせないが、嫁として孝行したいという気持ちがよく現れている。女形として彼以上の演技力を持つ役者は(祖父である藤十郎をはじめとして)たくさんいるが、壱太郎が醸し出す可憐さは、ベテランには出せないだろう。若いからこそ可能な、今しか見られない素晴らしい演技だった。
最後の演目は舞踊『屋敷娘(やしきむすめ)』と『石橋(しゃっきょう)』の二本立て。「新春浅草歌舞伎」は、もともと若手の勉強会の側面もあったが、その頃の中心メンバーは今やすっかり中堅である。その意味で、若手中心のこの演目は「新春浅草歌舞伎」らしい演目だった。
壱太郎、米吉、梅丸による「屋敷娘」の舞踊は華やかで美しい。一方、後半の歌昇、種之助、隼人による「石橋」の獅子の舞はダイナミックで力強く、荒削りな部分も含めて、若獅子の暴れっぷりをよく表していた。メリハリのある演目だった。

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