現在進行形のストーンズと過去形のビートルズ
ローリング・ストーンズが来日中だ。昨晩の東京ドームのコンサートは盛り上がったらしい。
1990年の初来日の際の熱狂ぶりは今でも覚えている。その頃の私はまさに大学受験の本番真っ只中で、観には行かなかった。私が生のストーンズを観たのは、1995年の東京ドーム「Voodoo Lounge」ツアーのときだった。
スタンド席でステージは遥か遠くだったが、ミック・ジャガーが所狭しと舞台を駆け回っているのが見えた。キース・リチャーズ、ロン・ウッド、チャーリー・ワッツの姿も確認できたが、ドームのオーロラビジョンを見たほうが早かった。
舞台装置も派手でギミックも凝らしていて、「さすがストーンズだなぁ」と思った。ストーンズ以上の舞台装置は、北島三郎コンサートぐらいしか見たことがない。
毎回「これが最後」と言われつつも、あれから19年、相変わらずバンドが存在し、精力的に来日ツアーを行っているのは凄いとしか言いようがない。
このように、ストーンズは私にとってその凄さを目の当たりにした「現在進行形」のバンドなのだが、1971年生まれの私にとって、ビートルズは生まれた時から「過去形のバンド」だった。だから、今に至っても、ビートルズがどれほど凄かったのかを理解できない。
私より上の世代がビートルズを熱っぽく語ったり、好きなアーティストが影響を受けたバンドとしてビートルズを挙げることがある。だが、実際にCDで楽曲を聴いても、良いとは思うものの、それほど凄いのかなぁ、と疑問に思うことが多々あった。
私にとってストーンズとビートルズの違いというのは、現象をリアルタイムで体験できたか否か、の違いであると思う。そしてそれは結局のところ、すべての事象に当てはまるのではないか。
例えば、私の世代を直撃したBOOWYの凄さを平成生まれの人に語ったところで、彼らが理解できるとは限らない。ゲームの「ドラゴンクエストIII」の面白さも、発売直後の入手困難な状態でいかに入手できたか、結末が第一作に繋がるということを知った時の衝撃をリアルで体験できたか、というところまで含めての面白さで、それは今の子供たちには伝わりにくいのではないかと思う。
現象を体験する、つまり当時の時代の空気を肌に感じたかどうかは、その時代以後の人には伝わりにくい。その点で、50年の長きにわたって現在進行形の“現象”であり続けるストーンズはやはり凄いのだと思う。
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