標準化がテレビをダメにした
この春の改編期で、それまで好調だった長寿番組が何故か相次いで終了、あるいはリニューアルする。おそらく、後番組やリニューアル後の番組は、以前ほど面白いものにはならないだろう。
「テレビ番組」がつまらなくなった、という話は、それこそテレビ黎明期から言われ続けて来たのではないかと思う。だが、最近の番組のつまらなさは、以前のつまらなさとは少し異なる。
その要因は、番組制作の“標準化”にあるのではないかと思う。テレビ業界に限らず、あらゆる業界で、ビジネスプロセスの標準化がもてはやされてきた。それにより、安定したアウトプットを、人員に頼らず、低いコストで実現できると思われてきた。
一方で、ビジネスプロセスの属人化は、現在では悪しきものとされている。その人がいなければビジネスは立ち回らない、というのは企業の抱えるリスクであることは明確だ。だが、ラインに乗った工業製品でもなければ、アウトプットの品質の良し悪しは少なからず属人化する。例えば、仮に田中将大投手が故障しても変わりの投手は大勢いる。だが、田中投手ほどの勝ち星が期待できるかどうかは分からない。それと同じだ。
テレビ番組は、いつの頃からか、フォーマット(番組構成・アイデア・ノウハウなど)を財産とし、利益を得るようになった。例えば『料理の鉄人』はフォーマットを海外に販売し、成功を収めている。
フォーマットとは、言わばテレビ番組の“標準化”だ。フォーマットを大切にすることは悪くないが、フォーマットがあれば、スタッフ、出演者が違っても面白い番組が作れると思い始めたのではないだろうか。
おそらくはコスト削減などのためであろう、番組のスタッフや出演者を変えた途端、同じ内容なのにつまらなくなり、いつの間にか終了した番組をたくさん目撃してきた。レシピと食材があれば、だれでも美味しい料理が作れる、そんなはずがないことは、だれでも想像できる。テレビ番組も同じだ。前述の『料理の鉄人』も一昨年『アイアンシェフ』として出演者を一新して復活したが、わずか半年で終了してしまった。
このスタッフが作るから、この出演者がいるから面白い、という番組は多々ある。それは番組の属人化とも言える。それが“標準化”によってつまらなくなり、興味を失うのは視聴者としても残念でならない。
面白い番組は誰でも作れる“製品”ではない。特定の人にしか作れない“作品”だから面白いのだ。
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