二人の天才プログラマー
7月 14th, 2015
80年代には、パソコンゲームやファミコンの登場で多くのスタープログラマーが登場し、“マイコン少年”たちの憧れとなっていた。
先日亡くなった任天堂社長の岩田聡氏もその一人だった、というと語弊がある。確かに80年代からスタープログラマーだったには違いないが、表立って注目されたのは90年代以降、更に言うと任天堂の社長に抜擢された2000年代以降だろう。
今回の訃報で、MSX2でMacのようなGUI環境を実現した「HALNOTE」など、ああ、あの作品も岩田氏が手がけていたのか、と驚かされることが多かった。
天才プログラマーとして思い出すのは、「森田将棋」などを手がけた故・森田和郎氏である。3年前の2012年7月に亡くなったが、その訃報が報道されのは、なんと翌年の6月だった。
岩田氏も森田氏も、80年代を代表する天才プログラマーであり、ソフトハウスの社長でもあった。しかし、岩田氏の訃報のニュースは世界中で報じられ、多くの人に衝撃を与え、SNSなどが哀悼のメッセージで溢れた一方、森田氏の訃報は亡くなってから1周忌に近い時期にようやくひっそりと報道され、その死を悲しんだのも当時を知る一部の“マイコン少年”たちだけだった。
この二人はいったい何が違ったのだろうか。単なる知名度の違いなのか。岩田氏死去のニュースは私にとっても衝撃だったが、世の中の反響が大きくなるほど、逆に私は森田氏のことを思い出し、何とも言えぬ違和感を覚えるのだ。
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