1989、人生でいちばん熱い夏

8月 26th, 2014

大手予備校「代々木ゼミナール」の事業縮小が話題になっている。私が代ゼミのお世話になったのは、25年前の1989年だった。

高校3年生の夏、夏期講習を2週間受講した。山形から上京し、浜松町のビジネスホテルを借り、毎日山手線で代々木本校へ通った。東京へ来ただけでも舞い上がるのだが、予備校の夏期講習という未知の体験がいっそう心をウキウキさせた。

一斉に代々木駅で降りる受講生達の数に圧倒されたり、自分の受ける科目がどの建物のどの教室なのか迷ったりしながら教室に入る。教室に入った時に感じる、エアコンで冷やされた空気のヒンヤリ感が好きだった。大教室でマイクを使って授業する先生。田舎の高校の授業では味わえない、“予備校”ならではの雰囲気だった。受講生も真剣な人たちがほとんどで、周りが皆、頭が良さそうに見えた。

休み時間の代々木駅前交差点の“受講生大移動”も圧巻だった。昼休みになると、どこの食堂も満員で、近所にある林家木久蔵(現木久扇)の全国ラーメン党本部代々木店にも行ってみたかったけどなんとなく怖かったりして、結局売店でパンを買って教室で食べたりとかしていた。

私が受講したのは、前半が英語の潮田五郎先生、現国の堀木博禮先生、後半が英語の西谷昇二先生、古文の椿本昌夫先生だったと思う。潮田先生や堀木先生はベテランだったが、解説も分かりやすくて頭にすんなり入ってきて、さすがベテランだと関心した。

西谷先生は、後に代ゼミを代表するカリスマ講師となるが、この頃はまだそれほど人気があるわけではなかった(本当は他の講師を取る予定だったが、締め切られていたので、西谷先生にしたのだ)。だが、授業内容は情熱的で、自分語りとか死んだ友人の話とかを交えて、人生とは何かを語る先生だった。自分の行く先とか、大学受験そのものに迷いがある人なんかは勇気付けられるんだろうなぁ、という感じがした。

椿本昌夫先生については、後日話したい。

この夏期講習は色々と刺激的だったし、私はカタチから入るので、自分を改めて「ああ、受験生なんだなぁ」という気分にしてくれて、夏以降の受験勉強にいっそう力が入ったのは事実だ。

私は現役で中堅の大学に合格し、いったんは入学するのだが、やはり第一志望の大学を諦めることができず、翌年の後半、ふたたび代々木に戻ってくることになる。

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