住太夫は、手を抜く

5月 26th, 2014

文楽の人間国宝、竹本住太夫さんが今日の公演を最後に引退した。

住太夫さんの浄瑠璃語りは、2009年に大阪の国立文楽劇場で聴くことができた。演目は『心中天網島』。物語に惹き込まれたのを今でも覚えている。

私が好きな野球評論家、豊田泰光さんの著書で、住太夫さんに話を伺った時のことが書いてあった。

文楽をどうしてそんなに上手くできるのか、と尋ねたところ、住太夫さんはこう答えたそうだ。

「一番得意なところで、手を抜くんですよ」。

部分的に力を抜くことで、かえって全体をうまく仕上げられるというのだ。そして、力を抜くのは一番得意なところだという。なぜなら、一番得意なところなら力を抜いたとしても、観客を納得させられるレベルが保てるからである。こうして力を温存しておき、クライマックスで一気に爆発させるのだという。

住太夫さんは、こうした緩急ある語りで長年多くの観客を文楽の魅力に惹き込んできたのだ。

そして、住太夫さんのこの仕事の哲学は、実のところ多くの場合に当てはまるのではないかと思う。得意なところは手を抜いてクオリティを保ちつつ力を温存し、必要なところで一気に力を使う。効率よく仕事をするとはそういうものだろう。人間国宝には遥か及びもしないが、こういう点はぜひとも見習いたいものだ。

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